今回の「ジャクソンホール経済シンポジウム」は非常に注目されていました。金利を急激に引き上げ、景気抑制的な政策スタンスを長期にわたって継続してきたことから、昨年6月には1981年11月以来となる「9.1%」まで上昇した消費者物価指数(CPI)はピークを付け、直近では3%程度まで順調に伸び率を鈍化させてきました。ところが、7月は再びCPIが前月を上回り、さらにその後に発表された生産物価指数(PPI)も前月を上回る結果となり、FRBは再び追利上げを継続するのではないかといった雰囲気が高まっていた中でのシンポジウムで、パウエル議長の発言に関心が集まっていました。
結果的には、議長の発言は「タカ派寄り」ではあったものの、9月の利上げを確信させるようなものではなく、議長は「これまでの道のりを踏まえると、次回の会合では入手するデータと変化する見通し、そしてリスクを精査しつつ、慎重に政策を進めていくスタンスだ」と、あくまでもデータ次第で追加利上げも、あるいは据え置きもあり得るといったニュアンスの発言を行っています。この発言を考えると、年内残り3回あるFOMC会合では、余程の変化がないかぎり「あと1回の利上げ」という予想がコンセンサスになり得ると思われます。その上で、データによっては「2回利上げ」と、「利上げなし」といった観測が浮上したり沈んだりする展開が予想され、前者のケースではドル円が150円を試す動きにつながり易く、後者では135円を目指す展開も予想されます。そもそもFOMC参加者の中でも意見が分かれていることは周知の事実となっています。今回のジャクソンホールでも、クリーブランド連銀のメスター総裁はブルームバーグとのインタビューで、「引き締め過ぎの政策とする方が、引き締め不足よりも良い」といった認識を示している一方、フィラデルフィア連銀のハーカー総裁は、「追加利上げには慎重になるべきだ」と繰り返し述べています。
今後のドル円の方向を決めるもう一つの材料は日銀の政策変更がいつ行われるのかという点です。植田日銀総裁はジャクソンホールでのパネル討論会で、これまでに何度も述べている「基調的なインフレは依然として目標の2%を若干下回っていると、われわれは考えている。日銀が現行の金融緩和の枠組みを維持しているのは、それが理由だ」という考えを披露していました。つまり、これだけ足元のインフレが高止まりしている中でも、ただ単に表面上のインフレ率ではなく、「基調的インフレ率」が依然2%を下回っており、従って、年末に向ってインフレ率は大きく下がっていく可能性が高いことから「金融緩和政策を維持している」と説明しています。この「基調的なインフレ率」は、通常我々が耳にするインフレ率とはどのように異なるのか。日銀のHPにその答が掲載されています。それによると、「わが国の消費者物価指数を対象に、従来から利用してきた『除く生鮮食品』、『除く食料・エネルギー』、『刈り込み平均値』に加え、最近金融経済月報等で活用している『除く生鮮食品・エネルギー』、品目別価格分布がどの程度シフトしているかを端的に示す新たなコア指数として『最頻値』と『加重中央値』の試算値を算出する。次に、これらコア指数と景気変動との関係について、需給ギャップとの連動制を中心に定量的な分析を行う。最後に、得られた分析結果を基に、最近の物価上昇の特徴点やその背後にあるメカニズムについて考察する」とあります。そして、それらの指標と景気変動との関連性を見ると、「『除く生鮮食品・エネルギー』をはじめ変動の大きな品目を予め控除した『コア指数』は、需給ギャップとの連動制が相対的に高い一方で、『最頻値』や『加重中央値』といった分布のシフトを表す指標は粘着的で、需給ギャップとの関係も弱めとなっている」との結論に至っています。難しい説明ですが、要は上記指標を中心とした基調的インフレ率の方が、より実態に近いものを表していることと理解できます。ただ、それらの7月の指標も、刈り込み平均値は前年同月比で「+3.3%」(6月は+3.0%)、加重中央値は同「+1.6%」(6月は+1.4%)、最頻値も「+3.0%」(6月は+2.9)と、何れも前月から一段と加速しています。日銀のYCCの修正や金融緩和政策の解除の可能性が高まっていることを示唆していると考えられます。
外為オンラインのシニアアナリスト 佐藤正和
邦銀を経て、仏系パリバ銀行(現BNPパリバ銀行)入行。
インターバンクチーフディーラー、資金部長、シニアマネージャー等を歴任。
通算20年以上、為替の世界に携わっている。
・ラジオNIKKEI「株式完全実況解説!株チャン↑」出演中。
・Yahoo!ファイナンスに相場情報を定期配信中。
外為オンラインのシニアアナリスト
佐藤正和
邦銀を経て、仏系パリバ銀行(現BNPパリバ銀行)入行。
インターバンクチーフディーラー、資金部長、シニアマネージャー等を歴任。
通算30年以上、為替の世界に携わっている。
・ラジオNIKKEI「株式完全実況解説!株チャン↑」出演中。
・STOCKVOICE TV「くりっく365マーケット情報」出演中。
・Yahoo!ファイナンスに相場情報を定期配信中。
・書籍「チャートがしっかり読めるようになるFX入門」(翔泳社)著書。