ドル円は先週末の東京時間についに145円台に載せました。その後は144円台前半まで押し戻されましたが、週明け月曜日の本稿執筆時には144円台半ばまで小幅に反発しています。円が売られてはいますが、「急落」という言葉を修飾語としては使えないほど、緩やかに売られる展開です。
日米金融政策の方向性の違いが意識される中、先週ポルトガルで行われたECBフォーラムでのパウエル議長の発言がその違いをあらためて意識させた格好です。パウエル議長は「政策は景気抑制的だが、十分に抑制的でない可能性がある。抑制的な政策はまだ十分行われてはいない」と、今後2回の利上げの可能性について言及しました。さらに、「コアインフレについては2025年まで当局の目標の2%まで戻ることはない」との見方も示しました。一時、市場では年内利下げまで織り込んで株価などが上がりましたが、大きくその予想が外れた形になりました。7月25−26日にかけて行われるFOMC(米連邦公開市場委員会)では、0.25ポイントの利上げはほぼ確実になったと言っていいでしょう。さらに、まだ2年以上もコアインフレの目標値には届かない可能性についてまで指摘したことで、少なくとも当面の間、利下げはないと判断せざるをえなくなりました。一方同フォーラムで植田日銀総裁は、「来年インフレが上向くと確信が持てれば、金融政策の正常化に着手することはあり得る」と、これまでより一歩踏み込んだ発言を行いましたが、年後半にはインフレ率が再び2%を割り込むと想定している考えを維持していると述べています。こうした発言を背景に、ドル円はずるずると円安方向に動いており、先週末には145円を超えて来ました。
145円台を示現しましたが、この先145〜150円のどこかでいよいよこれまでの「口先介入」ではなく「実弾介入」の可能性が高まって来たと考えます。昨年9月、ドル円が145円台に上昇した際、政府日銀は市場介入に踏み切りました。ドル円は一旦下げましたが、その後、日銀決定会合後の黒田総裁の会見があるたびに円が売られ、10月には152円目前まで円安が進み、ここでもNY市場が始まる20時前後に2度目の介入を行い、その後も3回目の介入を行ったことでドル円が大きく下げたことは記憶に新しいところです。今回も同じような動きなるのか、ここ2週間程が重要かと思います。
ただ昨年の145円台を記録した際と足元の動きでは大きく異なる点もあります。一つは、「リスク・リバーサル」(RR)の値です。昨年は円安傾向が長く続いていたためか、ドル円が145円台に載せる以前に「リスク・リバーサル」はプラスに転じていましたが、足元では「−0.97」と、マイナス圏にとどまっています。これは昨年程輸入企業のドル高観測が高まっていないか、もしくは同様に輸出企業のドル高観測も高まっていないため、輸入の予約が少なく、逆に輸出の予約が多い可能性があるのかもしれません。ドルの先高観が高まりドルコールの買い需要が増えれば、その際に支払う「プレミアム」が高くなり、プラス圏に入ると考えられるからです。また二つ目は、ドル高が進んでいる割にはドル円のボラティリティーが高まらないことです。昨年10月の152円93銭を記録した時には、ドル円1カ月のインプライド・ボラティリティーは「15.69」まで上昇しましたが、今回145円台に載せた時には「9.43」程度でした。市場参加者が冷静にドル円の動きを観察しているのでしょうか、その理由ははっきりしませんが、いずれにしても上記2点は昨年の円安時とは大きく異なり、これが今後の相場の動きを示唆しているとしたら、その結果にも興味が尽きないところです。
外為オンラインのシニアアナリスト 佐藤正和
邦銀を経て、仏系パリバ銀行(現BNPパリバ銀行)入行。
インターバンクチーフディーラー、資金部長、シニアマネージャー等を歴任。
通算20年以上、為替の世界に携わっている。
・ラジオNIKKEI「株式完全実況解説!株チャン↑」出演中。
・Yahoo!ファイナンスに相場情報を定期配信中。
外為オンラインのシニアアナリスト
佐藤正和
邦銀を経て、仏系パリバ銀行(現BNPパリバ銀行)入行。
インターバンクチーフディーラー、資金部長、シニアマネージャー等を歴任。
通算30年以上、為替の世界に携わっている。
・ラジオNIKKEI「株式完全実況解説!株チャン↑」出演中。
・STOCKVOICE TV「くりっく365マーケット情報」出演中。
・Yahoo!ファイナンスに相場情報を定期配信中。
・書籍「チャートがしっかり読めるようになるFX入門」(翔泳社)著書。